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こちらでは被害に合われた方やご家族のその時の状況などの情報を公開しています。
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| [3] 『中学3年生タミフル服用後異常行動』 京都府 会員 |
2006/08/21 20:13:29  |
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平成の年末(2005年12月29日)に私たち家族は自家用車にて、例年とおり白馬乗鞍 スキー場にスキーに行きました。私と妻、長男(当時中学3年)、長女、次女の5人。
そして30日の夕方長男が少し体調が悪いといって早めに宿舎に戻ってきました。 食事を取り、早めに床につきました。私は長男の隣に寝ていたのですが、明け方長男が 「しんどい」といって起きたので熱を測ると39度を超えていました。朝を待って (12月31日)白馬の救急診療所へ連れて行きました。そこでインフルエンザ検査を してもらうと、陽性となりインフルエンザA型と診断され、タミフルと咳止め等の薬を処方してもらいました。
宿舎に戻り、息子にタミフルを1錠服用させました。 他の薬は同時に飲ますことに不安を感じたので飲ませませんでした。
約1時間後に息子は嘔吐しました。タミフルが体外にでてしまった可能性が高いと思いましたが、続けて2錠飲ませる勇気はなく、そのまま午後から家族全員で帰路につきました。息子の熱は下がらず、車中39度の熱が続きました。
午後8時頃自宅に到着し、息子に2回目のタミフルを服用させました。息子を部屋で休ませ、私たちは食事をしていました。 9時ごろに妻が「様子を見てくる」と言って、息子の部屋へ行き息子に声をかけました。
妻「大丈夫?」、息子「うん」と言った直後にベッドから立ち上がろうとしながら意味不明の叫び声を上げました。妻は必死で息子を抱きしめ(押さえ込み)ながら私に大声でたすけを求めました。私が駆けつけ、息子に「落ち着け、落ち着け」と声をかけながら、ベッドに押さえ込むように抱きかかえました。そして妻に「救急車を呼べ」と叫びました。
その間も息子は意味不明の叫び声を上げながら私の腕の中でのたうちまわっていました。 目は眼球が上転し白目をむいた状態でした。時間にして数分間後急に息子の意識がなくなり私の腕の中で静かになりました。私は息子が死んでしまったのではないかと思い、脈と息を確かめました。脈も息も弱かったのですが確認できました。
救急車がくるまでの時間がとても長く感じ、救急車のサイレンが家の前に止まった時は、大声で「早く上がってきてください」(息子の部屋は2階)と叫んでいました。 この時点で息子の息はよわよわしく、唇は紫色になっていました。救急隊員が来て、息子に呼びかけると息子は反応を示しました。救急隊員は「よし、意識はありますね」といって、息子をおんぶして、救急車へと運びました。
妻が救急車に同乗し京都第2赤十字病院へと搬送されました。 救急車の中での体温は37度台に下がっていました。 病院到着時には医師の呼びかけに対して反応を示していましたが、はっきりしない状態でした。そのまま入院となりました。さらに午前3時ごろ再び息子は大声を上げ(錯乱状態)眼球が上転しました。(体温は37.5度でした)この時点での医師の説明は、タミフルの副作用、インフルエンザ脳症、てんかん発作などが考えられるとの説明でした。
タミフルの服用を中止、リレンザの服用に変更することになりました。1月1日の午前中まで息子の目つきはおかしかった(眼球が上転)のですが、意識もはっきりし、熱も下がっていました。午後に脳波の検査もしてもらい、異常がないことを確かめました。
この時点で脳炎ではないとの診断がでました。そして2日には退院することができました。 後日MRIにて脳の精密検査も受けましたが、異常は発見されませんでした。
息子に当時のことを確認すると、妻に声をかけられたことは覚えているらしく、返事をしたと同時に頭の中が真っ白になったような気がし、その後のことは覚えていないとのことでした。次に記憶があるのが、救急隊員に声をかけられ、救急車に乗せられた時とのことです。病院での2回目の発作も記憶にないようです。
以上のことから、消去法でいくとタミフルの副作用しか考えられないのではないかと、私は考えます。
私を含め家族全員今までに何度もタミフルを服用してきました。(何の疑問や不安もなく) しかし、一歩間違えれば息子は命を落としていたかもしれません。 医療関係者の方々は、今一度タミフルの副作用を検証していただき、被害の拡大を阻止 していただくことをお願いいたします。
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| [2] 『中学2年生、タミフル服用後に転落死』 愛知県 会員 |
2006/08/27 21:37:58  |
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息子は、2005年2月4日、いつも通りに野球部の練習を終えて帰宅後、38度熱があったため塾を休み、そのまま就寝しました。 翌日2月5日、39度あったため昼前に内科を受診し迅速キットによりインフルエンザA型と診断されタミフルを処方されました。 高熱のため食欲がなく16時ごろまで何も食べずに寝ていて2回ほど汗をかき、下着やパジャマを着替えたため、16時ごろには37.5度に解熱して気分が楽になったので、おかゆを2杯たべました。食事もできたので、処方されて初めてのタミフルを1カプセル服用させました。しばらく姉とDVDを見たりしていましたが、せっかく薬ものませたので静かに休んだほうが良いと思い、玄関横の自室にてカーテンもしめ暗くして寝かせました。
私が18:00すぎに息子の部屋を見にいったらベッドの上に寝ていなく、家中を探しても見当たらないので玄関から外(9階共有通路)をのぞいたら、誰かがマンションから転落したと騒ぎになっていました。下に降りてみると転落したのは息子でした。病院に運ばれましたが、23:05骨盤骨折等の出血性ショックにより死亡しました。
転落した直後から、救急病院での治療中、亡くなってからの通夜や葬儀のあと、ずっと なぜ9階から落ちてしまったのか?全く私達家族も息子の友人達、学校の先生方、誰にもその理由が解りませんでした。しかし、落ち着いてからご近所にご挨拶に回っていたとき、タミフルを飲んで起き上がれないほど辛い思いをしたと言う方の話を聴いて、全く薬の名前も知らなかった私達が家にもどって医者から処方された息子の薬を見ると、「タミフル」とありました。
それがキッカケになりインターネットで「タミフル」を調べているうちに厚生労働省のホームページで息子と同じ様に2階から飛び降りようとした例が載っていて、いろいろな医療や薬関係のホームページのなかで、子供の病気や薬の副作用について意見を交換する「カンガエルーネット」の中に息子の状況を投稿してみました。すると多くの方からの反響があり、やはり「タミフル」の副作用ではないか、と言う意見を沢山いただき「医薬品医療機器総合機構」に調べてもらうように申請しました。
しかし、結果は《判定不能により不支給》、H17年11月に小児学会で「タミフル」の副作用について発表された浜医師に詳細な意見書をかいて頂いたにもかかわらず、それに対してや、当事者の私達にも何の聞き取り調査もないままの《判定不能》は申請した私達にとって全く理解できないものでした。
今の気持ちは認めてもらえないと言うスッキリしないものですが、振り返れば浜医師の発表以来、医療従事者の中にも「タミフル」の扱いに慎重になった方たちや、親の立場でも「タミフル」を服用させた場合もしっかり様子を見るなど、明らかに情報があったために救われた命も沢山あると思います。でも、厚生労働省が認めようとしないために、安易な使用が続いているのも事実です。だからこそ私達は この会を通して多くの人に知っていただき、万が一のためにも薬の使用に慎重になってほしいのと、このホームページに沢山のご意見や「タミフル」使用の経験を寄せていただけたらと思います。
息子は当時中学2年の野球部員でした。亡くなる前日も「また明日!」と言ってみんなと別れました。息子の友達全員がいなくなった事を受け入れられず、随分辛い思いをさせてしまいました。でも、今、彼らが毎月の月命日に励ましに来てくれて、私達家族はとても元気に毎日を過ごせています。だからこそ、まだまだ楽しい人生を経験したかっただろう息子とその仲間たちに一日も早く真実の報告をしてあげたいと思います。
母より
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| [1] 『高校2年生タミフル服用後異常行動死・トラックに』 岐阜県 会員 |
2006/09/22 16:51:46  |
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息子を亡くしたのは、平成16年2月5日雪の降る寒い日でした。 前日夕方から熱が出て地元の病院で治療を受けその時点ではインフルエンザの反応はなく、インフルエンザ治療薬(シンメトレル)を処方され服用、何回と無く水枕を代えていました。熱は下がらず2月5日朝39.8度あり、7時に軽く食事し再度治療を受けました。
点滴とインフルエンザ治療薬(タミフル)を処方されました。(インフルエンザA型の証明書をいただいた) 息子はこの証明書は高校が欠席にはならないとうれしそうでした。
昼食後1カプセル服用後子供の部屋に戻り寝ました。 妻は伯父の葬儀のため出かけ私は休みでしたが当日15時からの会議があり出かけました。 私が出かける前に息子が居間に来て自分で体温を計り39.2度あると告げ私はまだ薬が効いていないのでもう少し寝たらと告げました。息子との最後の会話でした。
15時45分頃勝手口より飛び出し、台所の冷凍庫のドアは開いたまま(冷凍庫の食材が床に、又勝手口のドアは開いたまま)国道まで移動し10tトラックにひかれ、即死の状況でした。
交通事故に関しては横断中の交通事故と判断されましたが、不起訴になりました。 薬に疑問を感じ調べ始め シンメトレル・タミフルの副作用を調べ始め(幻覚・熱せん妄 その他)我が息子は自分の意思ではなく精神的な異常行動であることを確信しました。
名古屋市医療事故相談センターに相談し、まず薬との因果関係を調べることになりました。独立行政法人 医薬品医療機器総合機構に対し、薬との因果関係を依頼しました。
約1年半かかり一枚の通知が来ました。前日より服用していた『シンメトレルによる自殺企図』『タミフルによる異常行動』ではなかった。内容は:「遺族一時金・葬祭料支給決定通知書」シンメトレルの副作用による自殺企図(疾病)自殺による死亡 支給決定とされましたが、前日より服用していたシンメトレルの副作用による[自殺企図]としたのです。当日服用したタミフルには一言もふれず、根拠の説明もありませんでした。 副作用被害救済制度に申し込みはしましたが、薬との因果関係を調べていただくのが目的でした。いかにもタミフルを守るために利用度の下がっているシンメトレルに責任を負わせたのです。
通知のあった当日、タミフル服用後の被害者:沖縄県でタミフル服用後の9階からの異常行動転落死の報道がありました。早く副作用を公表していれば、この事故は防げれました。
私の息子は心の中に生きています。いつも一緒に行動し、息子は言います自分の意思ではなく『薬害だ!』
子供を先に天国へ行かせる親は私たちだけで結構です。こんな悲しみは・・・・・
息子は中学〜高校までクラブはバスケでした…
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